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辛い思いをしてきたけど人生楽しんだもん勝ち!(膠原病)

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プロフィール
お名前:ととみ
出身地:大阪府
現在の年齢:21歳
患者さんの年齢:本人・15歳
病名:膠原病(混合性結合組織病)

闘病記

▶︎闘病名、年齢、家族構成や状況
膠原病(混合性結合組織病)21歳 旦那と2人暮らし

▶︎病気が判明した経緯と心境 または病気を告げられた時の経緯と心境
私が中学3年生の時。ゴールデンウィークの時だった。いつも明るく元気に駆け回って遊んだりしていました。私はソフトテニス部に入っていて中学3年生になってすぐ4月後半になると凄いしんどくて熱もあった。けれど試合はとても大事な試合で私が抜けたら辞退だったので無理をしてがんばったけどそこで倒れかけて親にむかえにきてもらいました。その時は熱がありフラフラしていて家に帰ると40度の熱がありました。それも1週間も続いて近くの病院にいくとわからないと言われ点滴をして終わっていました。ある日家で熱いはずなのにとても寒くなってきてずっと震えが止まらなくなりました。すると手と足が真っ白になっていたのです。私は怖くて泣きじゃくりました。すぐ様病院に行って診察が医院長でもしかしたら膠原病かもしれないと言われすぐに大きい病院に行ってくださいと言われ紹介状を書いてもらってすぐさまその紹介してもらった病院に向かいました。病院について診察してもらうと即入院になりました。私はすぐに帰れると思っていたので驚きました。入院するのも初めてですごい戸惑いました。それから入院するものの高熱の原因が分からず手と足は真っ白になり寒すぎてずっと震えていました。熱、悪寒、吐き気、頭痛が激しくて毎日がとても辛かった。入院してから3週間後、先生に呼ばれてやっと原因が判明したと言われこの膠原病を告げられました。私ははてなばっかで症状も全く同じで納得しました。けれど元気だった私が病気になるなんてっていうショックがでかかったです。

▶︎お金・保険に関すること
保険は普通に加入していたのでそこの保険でもおりました。でもお金も莫大にかかるのではないかとおもっていたけれど、部屋代、ベット代、食事代をなんと無料になったのです。私はなぜだ!?と思い聞いてみたらそこの病院では初めての発見だったので、周りの人の菌もすぐうつってしまうのでこの配慮をしないとダメだっということで無料にさせていただいてとても感謝しました。
辛かったけど早く治そう!という気持ちが強くなれました。そしてその後に念の為もうひとつ保険に加入して次入院した時は倍に貰えるように保険をかけておきました。

▶︎仕事に関すること
まず、仕事は力仕事、立ちっぱなしの仕事は厳禁。体力も抵抗力もみんなより半分以下なので事務、座り仕事をするのがオススメです。私はちょっと立ち仕事をしていたのですが座り仕事もあったので大丈夫だろうと思いましたがやっぱり体力的にも来てしまって精神的にも来てしまいました。しかも病気持ちって言うのを上司に伝えてたはずなのだがそんなのどうせ嘘に決まっていると決め付けられてみんなは信じてくれていたけど上司に呼ばれて休まれると困ると言われ、辞めることを決意しました。仕事を選ぶ時は必ず病気のことを理解してくれる会社を選ぶことと、まずは自分のからだと相談して仕事を選ぶこと。無茶な仕事をしない。私はそれを思い仕事は今内職をしています。自分のペースでできるしすぐに休憩できるので私には内職があっているのかなと思っています!

▶︎治療と心境
月に1回の通院と年に1回の検査。プレドニンで体の調整をしています。それには副作用があって量が多いと顔がパンパンになってムーンフェイスになって全身が浮腫んだりします。そのプレドニンを飲みすぎると逆流性食道炎にもなってその薬も服用しています。この病気は高齢者に多いので骨粗鬆症にもなりやすいのでその骨を強くする薬も服用しています。毎回採血、採尿をして血液の結果を聞いて帰っています。年に一度の検査は心臓エコー、レントゲン、MRIをします。それで異常がないか、ほかに合併症がないかを調べます。なので今は通院して採血と採尿を毎回してします!

▶︎予後
とりあえず月に1回の通院を辞めない。そして先生の指示に従う。様子を見ながらプレドニンの量を少しずつ減らしていって血液の結果次第で増やすか減らすかが決まるので毎日生活習慣をきちんとしようと思いました。この病気になってから毎日辛い思いをしてたくさん色んな人に迷惑をかけてきました。私の取り柄は元気で明るい子なのでこれからは笑顔を絶やさず病気に負けないで生きていこうと思いました。

▶︎同じ境遇の方にアドバイス
この病気は人にわかって貰えずとてもしんどい病気です。けれどなんでも1人で解決しようと思わずに信用してる人、家族などに必ず相談すること。一人で抱え込むと薬飲んでる影響で精神的にもやられてしまうのでそこは自分でコントロールしてやっていくしかありません。この病気は一生お友達です。理解するにも難しいかもしれませんが自分なりに人生1回きりなのでやりたいことはやる!でいいと思います。生きてるって素晴らしいことです。私と一緒に病気に負けないで頑張りましょう!!

うれしかったお見舞い品と、その理由

みんなからの手紙や色紙!元気になって早く帰ってきてね!と書かれた時は泣きました。

病院食のおかずとして用意してよかったもの

ないです。
ずっと同じものを食べていたから

暇つぶしとしてやっていたことと、その感想

ミサンガ作りや裁縫、日記を書いていました!
今でもふと思い出して日記を振り返ったりします!

役にたった便利グッズと、その理由

杖!
歩く時フラフラで1人で歩けない時杖をもらって1人でトイレに行ったりしていました!とても役に立ちました!

今1番楽しみにしていること、生きていてよかったと思えるようなこと

私は現在結婚していて今は旦那さんも私の病気のこと理解してくれています。これからは結婚式がしたいのでその資金を貯めている最中です。こんな病気になって人生はめちゃくちゃだと思っていたけれど旦那さんと出会って病気のことなんか忘れるぐらい幸せでした。いい旦那さんに出会えて私はほんとうによかったです。これから子供もつくる予定なので早く家族を作ってマイホームを立てて結婚式をしたいです。ほんとうに幸せすぎていいのかなって言うくらい幸せです。ある意味この病気になってよかったのかなと思いました!

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