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闘病中の軌跡(小児 スキルス性胃がん)

プロフィール
お名前:レキト
出身地:鹿児島市
現在の年齢:23
あなたと患者さんの関係:本人
患者さんの年齢:12
病名:スキルス胃ガン

闘病記

▶︎闘病名、年齢、家族構成や状況
闘病名スキルス胃ガン、かかった年齢13歳、家族構成は母と二人暮らしのいわゆる核家族です。
治療方法、抗がん剤、科学療法、手術などの外科的処置、作業療法、エピテーゼ「人工乳房」あとは血液検査、腫瘍マーカー、骨髄移植などいろいろな治療法をしてきました。
私は13歳の春時にスキルス胃ガンになりました。まだまだ義務教育段階の中学生でした。家庭環境は母と私で二人暮らし。
いわゆる核家族です。

▶︎病気を告げられた時の心境
いつもより胃と腰が妙にしくしく痛むので、母から「掛かり付けの内科に行こうよ」と言われ軽い気持ちで近くの掛かり付けの大学病院で「風邪じゃなさそうだから、一応胃カメラ飲もう」と医師からつげられ、胃カメラを飲みました。意外なことに、大至急精密検査。まさかね、まさかね、ガンじゃあね、無いでしょ?、あたしまだ13だよ?っと言う感じで検査をMRIや血液検査、やら胃カメラ、CTなど全身人間ドック状態になりながら胃痛を抑えながらがむしゃらに我慢して、そしてすぐ結果が出たので大学病院で担当の先生から大事な運命の検査結果を聞いた時、時が私の中で止まりました。「あなたは若いのですが、致死率がかなり高いスキルス胃ガンです」と言われ、私は泣きじゃくる暇もなく即入院。母はひたすら私に「生きていてよ!ねえ!」とヒステリックになり持病のうつ病を悪化させてしまい、自分より母がショックを受けてしまいました。

▶︎お金に関すること
家の収入は母は障害者年金、そして生活保護でした。かなり貧乏な暮らしをしていたと私は思います。
私の闘病中は母の食事や光熱費など、とにかく心配な事は母の持病などの事でした。幸い生活保護で支払うことが出来たので、よかったと感謝をしました(血税を払ってくださる皆さまへ感謝してもしきれませんありがとうございます)

▶︎勉強に関すること
私は担任の中学の先生に打ち明けたら、「ゆっくり治療してこいそしてしっかりと治すんだぞ」と心強いこの上ない優しいお言葉をいただきました。とてもとても学校の先生(放課後に毎日お見舞いに来てくださった)には感謝しても感謝しきれません。

▶︎治療と心境
私のスキルス性胃ガンは特殊で致死率が高く絶望して転移して骨髄移植やらしないと生きる道がありませんでした。この病気の5年生存率は…かなり低いですよと医師から告げられ母は泣いて…取り乱して家では物にあたるようになっていました。抗がん剤の副作用は、吐き気、うつ、不眠、だるさ、髪の毛も全部失ったこともありますよ。もう最悪でした。この世の終わりのようなショックを受けました。
それでは予後にうつっていくとしましょう。

▶︎わたしの予後についてのこと…
その過酷な治療から2年で中学校に復帰できました。まわりの人の暖かい手助けなど生活保護と私の持病などの障害年金で(ここでは詳しい説明は省きます)でなんとか命をつなぐことができました…
そして、一年前に乳ガンになりましたが、左胸を一部摘出をしました。そしてまた入院を二ヶ月して、切っての繰り返しでしたが、今は女医さんから「○○さんは、もう大丈夫。ガンの心配はありませんからね!おだいじになさって下さい!」と笑顔でにこっと答えてくださいました!今はリハビリなどヨガをして居ます。やはり、それでも定期検査は欠かせないとの事でした。毎年人間ドックのような健康診断をしましょうとの事です。

▶︎闘病中の方へアドバイス
同じ境遇の方にアドバイスをするとしたら、スキルス性胃ガンも乳ガンも治りますよ!生きたいと希望を捨てないで下さい!その希望があるかぎり、命の灯火はずっとついてますよ!私があなたのこころのそばに居ます!頑張らなくて良い、ただ私が言えるのは希望さえ持てば前向きに物事は進みます!
大丈夫です。不安になった時はこの文章を読み返して下さい!
どんな時だってガンの特効薬は希望なんです。「あれしたい、これしたい、どこいきたい、ああ何したい」それだけで変わるんです。本当です。転移しても骨髄移植やらした私が言うんです。
乱文雑文すみませんでした!
生きる希望や未来、夢、それだけでガン細胞、死ぬらしいですよ。私が身をもって体験をした事なのですから。あとはそんな気分じゃなくても、笑いに気を向かせること。ガンを殺す作用が笑いにはあるそうなので。この私でさえスキルス胃ガンを治せたんですから。私が言えるのはこれまでです。
皆さま読んでいただきありがとうございました!

▶︎おまけ「私が母からもらったことば」
「泣きたいときにはおもいっきり泣いて、その代わり強くなれる約束を自分に出来るなら、泣いて良いんだよ。」
この言葉を皆さまにも。
このことばをプレゼントします。
では、皆さまのガンが治っていくことをこころから祈っております。

うれしかったお見舞い品と、その理由

母と学校の先生の毎日のお見舞い

病院食のおかずとして用意してよかったもの

岩のり

暇つぶしとしてやっていたことと、その感想

読書。希望を持てるので

役にたった便利グッズと、その理由

抱き枕。安心するので。

今1番楽しみにしていること、生きていてよかったと思えるようなこと

母の笑顔をこの目でもう一度見られたことです。母に感謝。生きる希望を持たしてくれるように笑顔で接してくれて、とても嬉しかったです。
本当に生きる希望を持つか持たないかは大違いです。

やはり、将来は精神科医になりたいと言う希望がありますので、負けてたまるか!がんなんかにって、感じです。ですから生きる希望、それだけで変わりますよ。人生は大きくそして輝いて変わります。私が言えるのはこれまでです。 ありがとうございました!

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