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自営業とガン(大腸がん・肺がん)

プロフィール
お名前:ゆっこ
出身地:宮城
現在の年齢:26
あなたと患者さんの関係:親子
患者さんの年齢:最初のガンが発覚したのが本人58歳、私が20歳の時です。つい先月2回目のガン手術後5年経過で治療終了となりました。
病名:大腸ガンと肺ガン

闘病記

父は大腸ガンと肺ガンでした。父が58歳、私が20歳になった年のことです。
私の家族は当時父と母、兄と祖母の5人でした。父は自営業でしたが不況のあおりで依頼が激減していたこともあり、母がパートで働きだして数年が経過していました。兄は上京して働いており、お互いに仕送りはしていませんでした。私は奨学金で大学に通っており、高齢の祖母がいたこともあり、バイトはせずに家事をしていました。

大腸ガンが発覚した経緯としては下痢が一か月ほど続いたことがきっかけでした。かかりつけのクリニックから一度大きいところで検査をした方がいい、と勧められます。その結果大腸ガンが発覚し、切除の運びとなりました。幸いにも初期段階だったため切除箇所も少なく、入院は一週間ほどでした。病院からの説明が深刻な空気でなかったためか、本人も家族もそこまで不安はありませんでした。切れば治る病気ではないと知っていても、とりあえずは大丈夫という安心感すらありました。兄も術後の様子次第で帰省する予定でした。
手術は無事成功し、退院までのリハビリ等も順調でした。あとは内服薬での管理となりました。

肺ガンが発覚したのはその翌年です。
もともとはヘビースモーカーだった父ですが、母が妊娠を機に禁酒した際、自分は禁煙をすると誓って吸うのをやめたそうです。しかし、過去の積み重ねがたたったのか、母が吸っていた副流煙が原因だったのか、肺ガンが発症しました。

詳しいことは分からないのですが、ガン細胞の種類が違うらしく、大腸からの転移ではないだろうと言われました。今回もまず切除して服薬で転移を抑えますとの説明でした。しかし、肺ガンは範囲がやや広く、また大腸と違って切除の影響が出やすいということで、そのときばかりは不安でいっぱいでした。また、正直な話、手術費用をどうするか、というのも悩みの種でした。幸い、当時海外実習を考えて申し込んでいた大学独自の奨学金が通り、それを手術費として充てることができました。

保険は一般的なものしか入っておらず手術と入院については降りたのですが、毎月の通院まではカバーできませんでした。手術費用のことばかり考えていましたが、毎月かかる検査代と薬代がかなりきつかったです。

治療は特別、先進医療を受けるといったことはありませんでした。
ベーシックなものですので、治療方針についての不安は少なかったです。というより、何が正解かまるで見当がつかなかったので提案されるがままだったと言えるかもしれません。ですが、家族含め丁寧に説明してくださったので不満はないです。

一般的な目安である5年が経過して、再発も転移もなかったので完治という診断がでました。また違う場所に見つかるかもという可能性を考えないこともなくはないのですが、今は母が別の病気に罹っており、本人も家族もそちらで頭がいっぱいです。

二度ガンの手術を経験したからか、ガンに対する不安よりも、再発したときの治療費への不安の方が大きいです。
保険は組みなおしたものの、すぐに降りるわけではないですし、一時的な支払をするのもギリギリといったとこです。

もともと自営業をしていた父ですが、入院前から仕事の依頼が減っており、店仕舞いも考えていました。そこに、二度にわたるガン手術と肺の部分摘出による体力の低下が重なり、閉業を決意しました。仕事を選べる年齢ではないので、知り合いの伝手でなんとか職を見つけましたが、通院の都合で毎月かならず平日に穴をあけてしまうので地位はあがりません。今も退部苦しい状況です。しかし、手術をしなかったら家計も病状も今の比ではないほど大変だったでしょう。結果として早めに手術を受けられてよかったと思っています。

いろいろと稀な条件が重なっているので同じ境遇の方がいるかはわかりません。ですがお金の面で不安がある人にアドバイスするとすれば、まずは役所に相談しましょうということです。
ガンは手術しなければ死に至ります。それは本来何十年とあるはずだった寿命を数年に縮めてしまう病気です。今手術すればまた職場復帰できます。職場復帰が見込めない、また現在職に就いていない人も、治れば働くことができるのです。人によっては無料低額診療事業を利用することもできますし、高額医療申請を行えば通院の費用も抑えられます。それ以外にも支援を受けられるかもしれません。父の場合は術後に申請を行い、月々の通院費をわずかではありますが抑えることができました。手術前に相談していればもっと活用できたかもしれません。
医療福祉の助成は自分から聞かなければ受けられません。病院で案内をしてくれることもありますが事前に調べて悪いことはないでしょう。利用できるものはしてください。
お金は借金しても後から返せますが寿命ばかりは誰からも借りられません。今自身の、もしくはご家族のために動かなければ寿命は縮む一方です。
手術代、入院費、通院費、頭を抱えるほどお金がかかりますが、命を秤にかけたらほとんどの人が命が思いと答えるでしょう。命をとるという決断を下すのも苦しい状況にあるなら、まずは相談しましょう。保険の窓口でも、役所の窓口でもいいです。保険料も税金も、こういう時に使うために支払ってきたんです。利用できそうなものを利用して健康な生活を取り戻しましょう。

れしかったお見舞い品と、その理由

正直、商品券をいただいたときが一番うれしかったです。投薬の影響でか、父は味覚に変化が出ました。一般的なお見舞いのフルーツの中にも食べられないものができてしまい、自宅に持って帰るのですが、お見舞いと言えばフルーツというイメージがあるのかいろいろな方からその果物をいただいて腐らせてしまいそうになりました。
入院中は食事制限もありますし、一般的だから、とフルーツの盛り合わせなどを持っていくのは意外とデメリットもあるのだと実感しました。
一番は本人に聞くことですが、気を遣わせるかもと思い聞くのをためらう人が多いと思います。しかし、入院しいる本人や家族からしてみれば、逆に手土産程度のものの方が気楽で、聞かれたときに答えやすいです。親しい仲なのであればパンや飲み物といった手ごろなものの方がいいかと思います。

病院食のおかずとして用意してよかったもの

大腸ガンの手術をしたときはお粥などの柔らかいものがメインで、味も少々うす味だったのでノリの佃煮をリクエストされました。固形物でない点と生モノでないという点が胃に負担が少なくて良かったかと思います。

暇つぶしとしてやっていたことと、その感想

父は電話で話すことが好きだったのですが、携帯を持っていても四六時中誰かと連絡がとれるわけではないのでテレビを見てすごしていました。夜間はあまり光をつけると迷惑になるため、レコーダーラジオを持ち込んでラジオを聞いていました。

役にたった便利グッズと、その理由

メモリの入っている蓋つきのストローをさせるコップは重宝しました。倒れてもほとんとぼこぼれませんし、水分量の管理もあったため非常に有用でした。

今1番楽しみにしていること、生きていてよかったと思えるようなこと

あまり褒められたことではないのですが、本人は飲酒が一番の楽しみなようです。テレビや映画を見てしゃべりながら晩酌をしています。医者からも止めるよう言われていましたし、せめて飲酒量を控えてほしいとは思うものの、味覚の変化から食べられるものが減ったことや、母の介護面や金銭的な理由から泊まりでの気分転換ができないことから強く止めることができません。飼っている犬をなでながらご飯を食べるときが一番ほっとするようです。楽しいことも晩酌からそちらにシフトしてもらえないかな、と日々思っています。

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