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全頭型の多発性円形脱毛症を発症した私のお話

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闘病記

私は、35歳で多発性円形脱毛症を発症しました。
結婚式場のウェディングプランナーをしています。家族は主人と愛猫2頭です。

2018年夏頃、私は異常に抜け毛が多いことに気づきました。しかし、最初は季節の変わり目だから、人間にも換毛期ってあるんだなぁくらいにしか思っておらず、さほど気にしていませんでした。しかし、入浴時に髪を洗うと、一度排水溝から髪をあげないと水が詰まって流れない程の脱毛。さすがに少しおかしい、と思っていましたが、そんなに心配する事じゃないと思い家族には相談していませんでした。ある日のこと、主人から育毛剤を渡されました。主人も私の脱毛に気づいていたようです。さすがにおかしいから病院に行って来い、皮膚科が専門らしいから。
恐る恐る病院に行き、医師に病状を伝えます。「先生、毛が抜けるんです。」「人間、毛は抜けるのですよ。髪が長いですからご本人はとても気になるかもしれませんが、私から見たらそんなではないですよ。」と言われ、黙りこむ私。しかし、一息ついて先生が「少しだけ髪を触ってもよいですか」と聞かれました。毛がどれくらい簡単に抜けるのかを検査さているようでした。段々と無言になる先生。すぐに大学病院に紹介場を書くから行くようにと言われました。気にするほどのことじゃない、からの大学病院…あまりに話が飛びすぎていたので先生にどんな病気なのですか、と聞いたところ、大学で詳しい検査をしてからにしましょうとのこと。早速予約を入れてくれた日に大学病院を訪ねました。血液検査、心電図など大学病院の大きな施設で検査をしているだけで、なんだか本当に病人になった気分です。一通りの検査を終え、後日下された病名は「多発性円形脱毛症」。私が心配していた膠原病や甲状腺の異常ではありませんでした。しかし、円形脱毛症のイメージはくるみ大のオハゲのイメージです。それにしては私の場合、規模が大きすぎる…。医師の説明では、全頭型タイプに所属するらしく、頭髪の全てを失うことになるだろうとのこと。くるみ大のオハゲも円形、頭1つも円形でしょと言われ、少し笑ってしまいました。
しかし、笑ってはいられません。原因不明ですが、脱毛症は自己免疫疾患。即入院してステロイドパルス治療を行いました。

お金・保険に関すること

一家の収入は主人と私のパート代。急きょ入院してしまった私は、パート先に現状を相談し、しばらくお休みをいただくことになりました。大学病院での検査費、入院費、治療費…それから問題はウィッグです。病院で渡されたパンフレットを見ると全頭の医療用ウィッグはそれなりのお値段がしました。幸い保険が支払われ治療費はなんとかなりましたが、ウィッグに保険はききません。今は大手のウィッグ屋さんが国に働きかけてくれているそうですが、未だ実現のめどはたっていないそうです。
また、仕事にどうやって復帰するのかも心配でした。ウェディングプランナーをしていた私は、確実にお客様の前にでる接客業の仕事です。オハゲのウェディングプランナーなんて、聞いたことがありません。仕事は続けられないかもしれない、そんな不安がよぎりました。ウェディングプランナーとは、結婚式を契約してから結婚式を挙げるまで、長い人では2年ほどのお付き合いになります。これまでのお付き合いを考えると結婚式当日だけいけないなんて、これほど辛いことはありませんでした。しかし、逆に考えるとここは結婚式場です。ブライダルメイクを得意とする美容師はかつらの扱いに慣れています。私は勇気を出して支配人に病気のことを話し、美容師の協力を得ることに成功しました。治療がひと段落して、退院してからウィッグができるまで、お休みをもらうことにしました。

治療と心境

私はステロイドパルスの治療を受けました。自己免疫疾患と言うのは、自分が自分を攻撃してしまう病気です。そこで、短期間に大量のステロイドを投入することで自分の攻撃力を下げ、自分を攻撃されないようにします。しかし、問題はただの風邪が簡単に肺炎まで進行してしまうなど、外部からのウィルスにも抵抗できなくなることです。退院してからもしばらくは人ごみには行かないように、生卵などは食べないように、手洗いは…消毒は…と日常生活が送れないほどの制約がかかりました。しかし、これらの治療がひと段落し、無事にウィッグが届けば、日常生活に戻れるんだと信じ、がんばりました。
治療中も、髪は抜け続けます。「髪は女の命」お風呂に入る、朝枕を見る、ふとした瞬間にかきあげる髪がない…女性としての尊厳を失うということが、どういうことなのかがわかりました。精神的にはステルスパルスの副作用に苦しむより、全ての頭髪を失っていく過程が、一番つらかったように思います。

予後

治療から半年。実は、私の病気は完治していません。抜ける時期があったり、少し生えてきたりを繰り返しています。しかし、ステロイドパルスはそんなに頻繁にできる治療ではありませんので、医師と相談しながら進めています。

同じ境遇の方にアドバイス

私は闘病中、精神的にとてもつらい時期がありました。抜けていく頭髪と共に失われていく尊厳、家から一歩も外に出たくなくて、買い物にも行けませんでした。友人と会うこともはばかられ、ずっと家に閉じこもっていました。主人が私の顔を見るのも耐えられませんでした。しかし、脱毛症で死ぬ人はいません。私が髪を失って見えたものは、友人の温かい心遣いと主人の愛情、そして私と言う人間そのものです。難病指定されていないので、理解されることの難しい病気ですが、頭髪がなくても私は私。そう思える日が必ずきます。治療も病気が進んでいくのもつらいものですが、大丈夫。一緒に乗り越えていきましょう。

うれしかったお見舞い品と理由

免疫不全のため、面会はできなかったのですが、友人がお笑いのDVDを届けてくれました。治療の副作用で、高熱・動悸・めまいなどに苦しんでいた私は本を読むことなどもできなかったのですが、お笑い番組のDVDなら画面を見ていなくても耳で聞くことができます。自分を追い込んでしまってつらい日々でしたが、DVDを見てバカ笑いをすることで、とてもよい気分転換になりました。

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