注意
この文章や写真を引用や転載する場合はご連絡ください。
勝手な引用や転載は禁じます。

潰瘍性大腸炎との付き合い方

闘病記

私は34歳の男性会社員で、家族構成としては妻と5歳と2歳の子供がいます。
潰瘍性大腸炎が発覚したのは22歳の2月の時で、その時の私の境遇として実家暮らしで大学卒業と就職を目前に控えていました。
急に症状が出たわけではなく、発覚する6か月ほど前から便に血が混ざるようになり、下腹部の膨張感が常にある感じでした。
楽観的な性格の私は、病気だとの考えはなく切れ痔からの出血だろうと思っていました。
ある日知り合いにその話をしたところ一度病院で診てもらった方がいいとのことでしたので、地元の総合病院に向かいました。
念のため内視鏡検査をした方がいいとの話でしたので、自分も安心したいので内視鏡検査をすることにしました。
結果は腸が爛れているだけなので消化の良いものを食べていれば治りますと診断されました。
原因は半年後には新社会人となることのストレスがあらわれたのではないかとのことでした。
言われた通り消化の良いものを食べて規則正しい生活をしていたのですが症状が良くなりませんでした。
次第に不安が増してきて、セカンドオピニオンで胃腸の専門病院に駆けつけました。
同じように内視鏡検査をしたところ、結果は黒でした。
胃腸病院の医師曰く、これを潰瘍性大腸炎でないと見間違える理由が分からないとのことでした。
この瞬間、私は晴れて潰瘍性大腸炎という難病患者の仲間入りを果たしました。
この時の私の気持ちとしてはショックといった気持ちはなく、なったものは仕方がないと思い、仕事はできるのかなといった気持ちが強かったです。
この段階での症状の段階は良くも悪くもなくといった感じでした。出された薬は錠剤のペンタサと注腸のペンタサ(100mg)でした。
そうこうしているうちに無事大学を卒業して入社式を迎えました。
会社にこの病気を打ち明けるべきかどうか悩みましたが、契約違反といわれるのも嫌だったので、入社式の日に人事の方に伝えました。
人事の人もどうしようといった感じでしたが、とりあえず様子見で、無理なようだったら考えようとの結論でした。
これで一安心と仕事に打ち込むようになりました。ちなみに私は営業職で入社しました。
ただでさえ入社して早々は覚えることも多くストレスが溜まりやすい状況なので、案の定私の体調は下り坂となりました。
この時入社して2か月くらいです。
医師に相談し、飲んでいる薬を強くしました。ステロイドの錠剤と注腸に進化しました。
事前に話はありましたが、強い薬なので副作用もおそらくあるといわれました。
ムーンフェイスに吐き気の腹痛が私の場合ありました。
ぎりぎり仕事に支障をきたさない程度でしたので、仕事はそのまま続行しました。
それから数か月経った12月。薬の効果もあってか便に血が混じることが少なくなり、薬を元に戻すことになりました。
大丈夫かなと心配していましたが、日により差はありましたが症状が落ち着いてきました。
そして病気発覚から1年後の内視鏡検査での結果もよくなっていると判断され、大好きであったお酒も少し解禁されました。
それからは少しずつではありますが緩解に向かっていて、病気発覚から12年経った今では朝晩4錠ずつのアサコールの飲むだけになっています。
便に血が混じることもなくなりました。お酒も毎晩飲んでいます。職種も変わることなく営業職です。
お金に関しては受給者証の範囲内で済んでおりますので、大体2か月で8000円ほどです。
私が言うのも変ですが、冒頭述べたように楽天的な私の性格なので乗り越えれたかなと思っています。病気に対して悩まずに、なってしまったものは仕方がないといった考えが変なストレスを生むこともなく緩解に迎えるようになったのかなと思いました。
医師も全体的に質問の多い患者のほうが治りが遅いと言っていました。(私は全く質問しませんでした)
同じ境遇の方へのアドバイスとしましては、なったものは仕方がないし、今のところ治る病気でもないので、どうやったらうまく付き合っていけるかを考えればよいと思います。

うれしかったお見舞い品と理由

入院したことはないのでお見舞いをもらったことがないのですが、この病気になって一番うれしかったことは2年間我慢し続けた症状が緩和されたときに許しが出たビールが一番うれしかったです。あの味は忘れられません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください